小潮ノ月

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川中島 

(1561)永禄四年 川中島 

青い空の下に一面、お花畑が広がっている。
槻乃は童心に返ったような気がした。

わあ、綺麗やわあ。
あ、小鳥が ..蝶々も、ひらひらて。

しばらく歩くと、丘の上から一列になって川の方へと静々と歩いて行く人々の列が見えた。
ある者は顔を半割にされ、ある者は自分の首を胸に携えている。
腹がふくれ、やせ細った童の次には、半分干からびた乳飲子をあばらの浮き出た胸に抱く女がゆるゆる進む。
その人々の中に、思う人の姿を見付けた槻乃は嬉しくなった。
ああ、もう二月会っていない。
いや、三月だったかしらん。

幸大様。
貴方様ぁ。

幸大が列から静かに離れ、槻乃に相対した。
左目の穴が赤黒く塞っている。

旦那様。
やっと会えた。
うち ..嬉しおす。
もう、会えへんやないか思うてました。

槻乃は幸大の頬にそっと両手を触れた。

あ、冷たい。
うちの、幸大様 ..

こないに冷とうなって。
もう、大丈夫や。
これからはもう、離さへん。
お布団も、暖こうしてあるしな。
さ、一緒にお家へ帰ろ。
な、貴方?

槻乃、銭ないか?

銭?

幸大は人差指を背に向けた。
見ると、旗指物の布地が破れている。
六連銭の中の二文が無い。

銭は生憎持ち合せないんやけど、そんなら、ああ、そうや。

槻乃は懐から小さな袋を取出した。
赤い野茨の花、二輪を摘む。
小さな鋭い痛みが指を襲った。
構わずに、旗に二輪の花を一輪、一輪縫付ける。

さあ、済みましたえ。
これでよろしおす。

貴方様?

幸大は槻乃の両肩に手を掛け、しばし躊躇ったのち、ゆっくりと押戻した。

もう、お別れや。

え、え .. ?
うちと一緒に帰られへんの?
なんでやの!?

幸大は悲しげに、頭を振った。

だめや。
どないしても、あかん。
槻乃。
ここから先は、生者は来ちゃあいけんのや。
もう、お帰り。
な。

貴方様 ..うちも ..ご一緒に .ね?
.ああ .御前様! 
行かんといてえな。
いやや!
行かんといて ..

槻乃は次第に小さくなっていく列の中の幸大を、小さく喘ぎながら見送った。
幸大の言葉だけが、耳に残っていた。

..達者でおるんやで ..



槻乃は途中で花を摘みながら、とぼとぼと歩いた。
桔梗、野茨、小菊。
紫、赤、白の束が胸に一抱えもできた時に、お花畑の端に着いた。
槻乃は河原に下り、小石で小さな山を造った。
そこに、摘んできた花の束を置いた。

幸広様、うちの、旦那様。
さいなら。
ううん、だめや。
さいなら、なんて言わへん、絶対。

槻乃は再び河原を上がって立ち止る。

貴方。
さいなら。
あ、ううん、冗談や、かんにん。

槻乃は慌てて、周りを見回した。
誰も、いない。

やがて。
ゆっくりと踵を返すと、闇の中にか細くつづく、白く光る小径へと自らを歩み入れた。


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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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