小潮ノ月

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小田原へ

(1558)永禄元年  小田原へ
奥の部屋に案内された一行が、多くの旅人が相部屋する、広間の横の廊下を歩いていた時、横手からよろめいて出てきた男の顔を槻乃の体が弾いてしまった。
槻乃にはそれ程強く当ったとは感じられなかったが、その男はぐにゃりと横倒れした。

(ちっ。今の、どう見たって向こうが悪いやろが。)
あんさん、大丈夫でっか?

かけよった芳蔵が聞いた。

男は横になったまま暫く動けないでいたが、やがてゆっくりと、床に手を突き、頭を起した。

あの、どうもすんませんどした。
どっか怪我しまへんかったやろか?

ああ、へえ。
大丈夫のようでごぜます。
けど、

けど、何か?

恥ずかすい話でごぜやすが。
我、飯も碌に食ってねえはんで。
よう動けねんだす。

あらま。

我は右之助、そごにいる男あ左与次言いますだ。
二人家さ帰るんだども、こいつあ脚を怪我してまって戦働きでば稼げないですじゃ。
我も眼病を患ったみたいで近だばぼやっと、遠いば良ぐ見えねです。
ほんじゃあも、仕事でぎねはんで、我達の村さ帰るどごだのす。

只、途中途中で山賊やらなにやら、貯めた銭こ毟られでまって。
んだはんで、明日からあ宿さだば泊られねんだす。
見れば立派な御姿の人達だど思たもんで、穴開一枚でも恵んで貰えだらなんぼ良がんべど思っただすが・・
そんでね、そんでね、そったら考えだはんでまいねんだ。
何ど浅まし姿に落ちぶれだもんだど。
我、今情げなくてらのだす。

少し苦笑いを浮べた右之助の顔があった。
槻乃にはその薄汚れた眼の奥が、かなり歪んでいる様に見える。

あらまあ、それは難儀な事でおましたなあ。
うちらも見掛程余裕があるわけでないし・・

ああ、それでも貴方方ん所にいくらかでも路銭が入れば、ようござりますんやろ?

あ、まあ、そりゃそうだんず。
( 掛った、ずら。 )

右之助は内心、しめたと思った。
しかし無論、寸分たりとも顔には出さない。

( 槻乃様も物好きやな。こんな胡散臭い奴ら、ほっといてよろしいやろに。どう見たって、一癖二癖ありそうやがな。)

瑛哲と芳蔵は顔を見合わせ、お互い無言で頷きあった。

兎に角一端お部屋に落着きまひょ。
兎にも角にも、それからやしな。

案内された部屋の中で、槻乃が各々に聞いた。

滋野様は笛がおできになりましたなあ。

あ、はい、下手の横好きでございやす。
笛はこの荷の中にありますけんど。

芳蔵はん、すんまへんけど宿から鼓か太鼓、借りてきてほしいのどす。
あと、うちらがここで音曲やって良いかも聞いておくれやす。

てことは、槻乃様、芸事やってここの人達から上げ銭貰う気でっか?

はい、当りどす。
あと、二番目部屋の向こう側に三線携えた女の人が居りましたやろ?
多分芸人さんや思いますよって。
玄人さんならお手伝いしてもらうのは無理やろけど、一応声かけてみてくれまへんやろか。

あ、それ、わてがやりましょ。

じゃあ、行ってきますよって。

わては。
黙って観てるしか、ないな。

はい、でも。
何かあったらいけまへんやさかい。
旦那様がおりますよって、うちら、安心してできるんどす。

そうかあ。
まあこの部屋の戸口辺りにいてるか。

・・

この宿では芸事を行うことがあるらしい。
広くはないが、舞台が設えてあった。

やがて、宿の広間の全ての襖が取払われた。
一応、他所の宿にも報せが行ったらしく、外からもぽつりぽつりと見物人が入って来た。

舞台には鼓を片手に持った槻乃と、滋野瑛哲がかしこまっている。

とざいとーざい。

まず最初は皆様のご健勝を願うて、うちらの祝舞を見て頂きます。
皆様方、よろしゅう、おたのみ申します。

ゆったりと瑛哲の笛が奏でられた。

それに合わせて槻乃の鼓が謡う。
ぽん、ぽん。
片手に鼓を持ち、打ちながら舞う。

顔を白粉で塗り、目尻に朱を撫でた妻を見て、幸広は美しいと思った。
願わくば、我唯一人の為に、その姿を。

えーぞ姉姐ちゃ。

男達が囃し立てた。

・・

色は匂へど 散りぬるを・・

いろはのいの字はどないやす?

いろはうたを、たぶん、即興で踊っている。
瑛哲がぽんぽんと太鼓で拍子を整える。
その態を見た幸広は、ぎょっと目を剥いた。
腰に棒を結わえて着物の袖を通し、腹には墨で太く、顔が描いてある。
その顔が拍子に合わせて、ぐにょりぐにょりと変化した。
胸から上も着物が覆って、槻乃の顔は覗えない。
観ようによっては、腰の振りに卑猥な動きが表れる。

えーぞえーぞ姐ちゃ、はは。

酒を飲交す輩がだんだん増えているようだ。
眼が血走っている。
一人、二人と立上がり、舞手と拍子を合わせて腰を振り、笑った。



演目を終えた槻乃が舞台裏に戻ると、そこに広間で見掛けた女が待っていた。

わっちは熱海で芸者やってる藤奴いう者でやんす。
どうぞお見知りおきを願いやす。
貴女様の芸のとやかくは、わっちには言う資格なんぞ有りまへん。
この世界、客にウケてなんぼでやんすからな。
けんどわっちのシマで、あ、ま、わっちの目ん前で、素人さんにこがい大勢の客に大ウケされたとあっちゃあ、黙って見てられねえでやんすよ。
こっから先きゃあ、わっちの芸も、あん人らに見せておくれでないかえ?
是非ともお頼みいたしやす。
ええ、お足を頂こうなんてケチなこと、ちいとも考えちゃあいないでやんすよ。
いかがなもんでござんしょか、姐さん?

へえ、もう喜んで。
ええ、ええ。
うちらもえろう助かります。
よろしゅうよろしゅう、お頼み申します。

肩を上げ下げしていた槻乃が、頭を床に付け、応えた。
武家あたりが相手ならば、不安はあれどまだ演目の蓄えがあったが、目の前の客相手では喜ばれそうなのは意外に少ないと思い知らされた矢先の事である。
身体はまだそれ程疲れてはいないが、頭の中は既にわやくちゃであった。

( さすがに、玄人さんや。迫力あるなあ・・  はあ。でも、本当に、助かったわあ。うちもう演目かて、ようよう思いつかへんやもん。)

・・

藤奴は三線を、次第次第に早く激しくかき鳴らした。
声は良く通り、しかも気負ったところは微塵もない。
晴天に仰ぐ富士の御山のように、聞く者見る者をぐいぐい魅了していく。
瑛哲の太鼓と槻乃の鼓が節々を色取った。

客席も奏者も、もう、なかば陶酔してきていた。
客の三分の一ほどは立上がり、体を揺らし足を踏み、瞳は各々気ままに彷徨うた。

芳蔵は舞台の袖の幕の隙間から、感慨ひとしおに客席の様子を覗いていた。
( ああ、凄いなあ、こりゃ・・ )
ただ、場違いなのが不意に目に入ってしまった。

あ・
( 確か足が悪い言うてた奴やないか。)
( 床踏んづけて、踊ってるやんか。やっぱりな。うん、なんまんだぶ、なんまんだぶ。 )

すぐに男は隣に座った連れに無理矢理床に引き降ろされた。
男の体がしょぼんと、小さく畳まれた。

・・

宿の主、右之助、左与次は右之助の背の後ろ。
藤奴。
幸広と、その後ろに槻乃。
周りを芳蔵。
瑛哲は奥の部屋にいる。
そして客の何人かが、台の周りを囲んだ。

その台の上に置かれた銭の山を眺め、宿の主が言った。

ほう、これは凄いですなあ。
こんなに沢山揚るのは、なかなかございませんですよ。
こちらの姐さん、さぞや名妓と謳われてるんでしょうな。
大したもんです。
どうか機会がございましたらば、ここでもう一度お願いしますよ。

それ、わっちやないねん。
それは、こちら様。
わっち、こちらの奥様に乗せられちまっただけでやんすよ。
ええ。



さて、これでよし。
それでは。

幸広が大まかに三つの銭の山を造り、それぞれを小袋に納めた。

これは宿の取分。
こちらは藤奴殿。

あ、わっちは銭はいらんと申述べたはずでやんすが。

いいや、それはならぬ。
玄人が演ったのだから、藤奴殿には受取る権利がある。
いや、義務であるな。

あ、はい。
それじゃあ御遠慮無く。
皆様方、どうもありがとうござりやんした。

ぱちぱちと、周りから手拍が鳴った。

さて、残りのこれは依頼主や。
右之助と申したな。
これは、お主らの分である。

こりゃあ、どうもどうも。
ありがと様でごぜやす。

右之助が袋に手を掛けたとたん、幸広の腕が上から押さえつけた。

え、何すんだべ?

お主ら、足が悪いとかは、かたり、だな?
どうだ?

え、え、そんなこど、ねえじゃども。

お主が踊ってる所を、見た者がいるが。
どうだ。

視線を捕えられた左与次が突然、喚いた。

ごめんなせ、ごめんなせ、ごめんなせ~っ。

( ちっ、びびりやがったで。 )

銭の袋から手をはずされた右之助は、ぷんと横を向いた。

なに、かたり、じゃ?

ふんだましやがったずが。

ふてえ野郎だでば。

のしてまれじゃ。

いや、簀巻じゃ、簀巻。

簀巻して、外さうっちゃってまえ。

んだんだ。

そいにすべ。

あれよあれよという間に周りの男達に筵を播かれ、藁縄でグルグル巻きにされた二人は、床にごろんごろんと置かれた。

初老の男が木札に絵を描いて、それぞれに括りつけた。

( 鳥に菜っ葉?)

それからまもなく、二巻共えっほえっほと外へ運ばれていった。

あの木札の絵、何の意味やろか?

奥様、鴨に菜で、「 かもな 」 、です。

へえ 。
さわらんといて、ちゅう意味どすか。

主殿。
この、残った銭だが。

はい、如何致します?

これをここの泊り客の皆に、明日にでも何か振舞ってくれんか。

はい、それはお易いことで。
ははは。
私も共々楽しませて貰いましたんで。
立つ時に煎餅やら焼鯣やら持って行って貰いましょ。



あ~あ。
我、悪がったずら。
右之よう。

五月蠅!
べっこ黙てろ。
( もうちょっとだったべが。 ええい、糞が。 あ~あ、あ- )

・・

槻乃様。
疲れましたやろ?

いいえ、たいしたことおへん。
けど旦那様、ほうらまた。
うちのこと つきの とお呼びくださりませ、つ、き、の。

つ き、の . .
あのな、わて 。

はい。

 .



 ♡

 ♡!


---------------------

幸広殿、ご苦労やったな。
長旅えらかったやろ。
まずは殊勝や。

で、槻乃、どうやった?
お前の眼に氏忠殿はどないに写った?

氏忠と聞いて、幸広はつい、横を向いてしまった。
顔が渋い。

そうやねえ。
のたーっとした、大っきい大っきい鯨はんや、思いました。

あの、潮を吹くっちゅう、でかい魚の、かあ?

そうどす。
天真爛漫が、人様よりは並外れてるんや思いましたんえ。

ほう ・・ こりゃまた何ともなあ。
ふーん、そうかあ。
そりゃ、おもろい男やな。

― ― 了 ― ― 


---------------------

あとがき

えー、実際には幸広一行が普通の旅籠に泊ることはあり得ない話です。
何故ならば、武田家重臣真田家の外交使節として北条家へ向ったのですから、それなりに領主屋敷とか寺などに泊った筈です。
領主や重臣クラスは普通そうしたようです。
どうしてあり得ないお話を載せたかと言えば、後で調べているうちに判ったからで、今更ボツにするのも面倒なので、であります。

一般人(百姓、僧、士など)は旅籠の大部屋に相部屋しました。
宿には布団はなく、各々自前で用意したムシロを被って寝たようです。

百姓と言っても所謂農家ではなく、士工商全てをひっくるめての生業でした。
田畑を作り、足軽に出役し(戦時に人や物を略奪)、牛馬で荷を運び(運送業)、製造販売(わら製品やら特産物)する。
廻船で海運業を営む人。
魚を捕り、塩を作り、たまに海賊をする人。
大工、鍛冶、市場で物売、等々。
長者から乞食に近い人まで、皆百姓と言いました。

実際の歴史を調べてると、何かそちらにばかり精力を使い果してしまいそうです。
好きな人は苦にならないでしょうが。
史実に添って書こうとするとサッパリ筆が進まないのであります。
なのでこの辺は所謂テキトウに書いてますので、絶対に参考にはしないで下さい。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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