小潮ノ月

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生き倒れ

(1546)天文十五年  生き倒れ 
躑躅ヶ崎館から帰った幸隆の小袖を広げた時、陽那は嫌なものを見た。
左袖の生地の一部分が薄く白く色変りして見えた。
顔を近づけると、微かではあったが、覚えがあった。

この匂い、確か・・

陽那はあの時の事を思い出した。

うちの人ったら、まだあんな下司女の所へ通ってるんやろか。

男という生き物がどうしようもないもの、と分ってはいても、自分の夫も同類だとは思いたくなかった。

・ ・ 

玄助から幸隆へ、扇谷上杉家の落人がいるので来て欲しいとの報せが届いた。
生憎幸隆は物見に出かけている。
陽那も一緒にとの言伝なので、まかないを下女のさとに任せて、いそいそと出掛けた。

ごめんやす。

玄助の妻、ゆめが迎えた。

奥方様、おいでやす。
どうぞ奥へ、上がっておくれやす。

奥の部屋の戸を綾が開けると、そこには玄助と、二人の女がいた。
まだ若い女は布団に横たわった相方の顔をみつめていた。
布団の中の、三十路すぎと思われる女が僅かに薄目を開け、すぐに閉じた。
顔色がさえない。

〈 まあ、はんなりした品の良さそうな女御やこと。でも、どないしたんやろ、この二人。 〉
うち、陽那いいますねん。
いったい、どないしやはったん?

あ、申遅れました。
私は続(つづ)、こちらは八重と申します。
この度はご厄介をおかけ致しまして申訳ございません。
どうか八重が起上がれるまで、ここに居させてくれまへんやろか。
よろしうよろしう、お頼み申します。

続が頭を目一杯深く下げながら言った。
肩先が小刻みに震えている。
玄助が事の成行きを説明した。

ワシんとこの手の者が、甘楽あたりの山中で動けん三人を見つけた、言うんじゃ。
まあ疲れ果てて生き倒れやたんやな。
一人は武者やったが、傷が元でか、間もなく死んでしもたそうや。
二日山中に潜んでおって、手の者の加勢を待ってからここまで連れてきた、ちゅうとこや。
恐らくは北条の落武者狩に追われてたんやろ。

続が目を伏せ、静かに頷いた。

まあ、まあ。
武家の倣いとは申せ、難儀なことやったなあ。
たしか扇谷上杉家の上杉朝定様や御家来衆も御家族も、ほとんど討死されたようやしね。

続の眼に涙が溜り、滴り落ちた。

ところであんさん達、どこぞに頼る当てはありますのんか?

・ ・ 御館様から、館林城へ向うように ・ ・ と
言いつかっては、まいりましたが ・・
覚悟していたとは申せ、扇谷上杉家はもはや無いも同然とのこと。
そうなると、うちら、もう ・・
頼るところは、無いのと一緒ですねん。

ああ、そうやね。
あ、そないなら、あんさんらは上杉家の縁者やの?

うちは側室どした。
そやけど御子もできんかったし。
今更里へも、もう帰れへん思います。

お里はどこやの?

京どす。
実家は公家なんやけど、むちゃ貧乏なんどす。

続がため息と共に、下を向いて眼をつむった。
何回か、小さくなった肩が上下した。

〈 え、え?〉

陽那が続の顔を両の手の平で起し、左右からしっかりと挟みながら、言った。

あんさんさえ良ければ、うちとこへ来なはれ。
生憎正妻にはなれへんけど、我慢してや。

へえ、おおきに・・

続はあまり意味が良く飲込めなかったが、陽那は全く気にしなかった。

うん、うん。
おきばりやす。

・ ・ ・ 

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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